入江研研究テーマ紹介

コンピュータ・アーキテクチャ

新型CPU「STRAIGHT」

プロセッサ性能は,シングルスレッド性能,マルチスレッド性能,データ並列性能のトータルバランスで成り立っています.この研究では,メニーコアプロセッサや3次元積層技術など,プロセッサ設計の新しい背景に着目し,制御が複雑になりやすい現在のスーパスカラ方式に対して,より簡単な制御でありながらより高性能を達成できる実行方式「STRAIGHT」を提案・開発しています.
STRAIGHTアーキテクチャは,i)分散キーバリューストア方式による大容量レジスタファイルとii)命令間距離によってソースオペランドを指定するSSA命令形式の二つの特徴により,リネームロジックのような,実行に直接寄与しない制御を排除し,熱効率とスケーラビリティの向上を狙っています.

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  • 入江英嗣, 山中崇弘, 佐保田誠, 吉見真聡, 吉永努: 「もしILPプロセッサのレジスタファイルが分散キーバリューストアになったら」,情報処理学会研究報告, Vol.2013-ARC-206, No. 5, Aug. 2013.
  • Hidetsugu IRIE, Daisuke FUJIWARA, Kazuki MAJIMA, and Tsutomu YOSHINAGA: “STRAIGHT: Realizing a Lightweight Large Instruction Window by using Eventually Consistent Distributed Registers”, Int. Workshop on Challenges on Massively Parallel Processors, pp. 336 — 342, Dec. 2012.

CPU性能を向上させる高効率キャッシュアルゴリズム

マイクロプロセッサの顕微鏡写真を見ると,チップの大部分を田んぼのような規則的な構造が占めていることが分かります.これは「キャッシュ」と呼ばれるオンチップメモリで,データの一部をCPUチップに取り込むことで,CPUとメモリとの転送遅延を隠蔽する働きをしています.キャッシュの制御アルゴリズムでは,限られた容量に対して載せるデータや破棄するデータを上手に選択することが鍵となります.特に,初期参照ミスを防ぐプリフェッチ手法(とその副作用を防ぐスロットリング手法),キャッシュ内の有効データの寿命を伸ばすリプレースメント手法,タスクに合わせてキャッシュ容量を分配するパーティション手法などでは新しいスタンダードと成りうる有効な技術が近年提案されています.しかし,これらのアプローチは表裏一体であるにも関わらず,組み合わせによっては性能を悪化させる副作用が生じます.本研究ではデータの先取りや有効ラインの保存,適正容量の分配などの総合的な効果を,シンプルかつ副作用なく実現することを目指しています.独自のアプローチとしてキャッシュラインの再参照性に着目したロバストな指標を提案しています.プリフェッチスロットリングに対して適用した研究では従来のアルゴリズムを上回る性能を示し,キャッシュ容量の効率的な活用を実現しました.

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  • 力翠湖, 眞島一貴, 藤原大輔, 吉見真聡, 吉永努, 入江英嗣: 「プリフェッチ情報から再参照予測を行うキャッシュライン置き換えアルゴリズム 」,情報処理学会研究報告,Vol. 2013-ARC-206, No. 20, Aug. 2013.
  • Hidetsugu Irie, Takefumi MIYOSHI, Goki HONJO, Kei HIRAKI Tsugomu YOSHINAGA: “Using Cacheline Reuse Characteristics for Prefetcher Throttling”, IEICE Trans. on Information and Systems, Vol.E95-D, No. 12, pp.2928-2938, Dec. 2012.
  • 入江 英嗣, 本城 剛毅, 平木 敬: 「動的推定によるプリフェッチ量最適化」, 情報処理学会論文誌コンピューティングシステム, Vol. 3, No. 3, pp.56-66, Sep. 2010. (2010年度情報処理学会論文賞)

三次元プロセッサコア

半導体の製造技術の進歩により,近年では積み重なった半導体チップ間で,上下方向に直接通信することが可能となってきました.プロセッサVLSIの3次元化は,微細化の物理的な限界を越えてパッケージ内の容量を増やす効果だけでなく,同じフロアの遠い部屋よりはエレベータで真上の部屋へ行く方が近いように,従来の大きな二次元構造に比べて転送の負荷を減らし,性能/パワーバランスを本質的に向上させる効果も期待されています.しかし,3次元プロセッサの設計空間は広く,どのようなアーキテクチャやブロック構成が最適となるかは分かっていません.そこで我々は自動設計により最適な3次元配置を行うモジュールマッパーを開発し,得られるフロアプランの傾向から,3次元時代に最適なプロセッサアーキテクチャを予想しています.現在,我々のモデルでは,3層化により,面積をほぼ1/3,モジュール間の通信負荷を約1/2とする効果を見積もっています.

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  • 入江 英嗣,放置 宏佳,眞島 一貴,藤原 大輔,吉見 真聡,吉永 努: 「配線アクティビティを考慮した3次元積層プロセッサ向けフロアプランナー」,情報処理学会論文誌コンピューティングシステム, Vol. 6, No. 3, pp. 131–145, Sep. 2013.

 

未来のコンピューティング

GOOD WALKING

良い歩行は健康の基本と言われています.歩数の量だけでなく,正しい姿勢であるくことが重要とされていますが,従来,歩行解析は多くのセンサーと専門家による解析を必要とするものでした.本研究では日常的に正しい歩きを意識することが重要と考え,常に持ち歩くスマートフォンのセンサを用いて,歩行の乱れをリアルタイムに警告するスマートフォンアプリケーション「Good Walking」を開発,公開しています.センサ精度やリアルタイム解析の計算力に制限があるスマートフォンですが,本研究では「正しい歩き」のセンサ波形には,個人差の少ない共通した特徴が出ることを利用し,シンプルかつロバストなアルゴリズムで正しい歩きからの乖離を検出可能としました.

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  • Hirotaka Kashihara, Hiroki Shimizu, Hiroyoshi Houchi, Masato Yoshimi, Tsutomu Yoshinaga and Hidetsugu Irie, “A Real Time Gait Improvement Tool Using a Smartphone”, AH ’13: Proceedings of the 4th Augmented Human International Conference, p.243, Mar. 2013, Stuttgart, Germany.
  • 樫原 裕大,清水 裕基,三好 健文,吉永 努,入江 英嗣: 「スマートフォンを用いた歩行動作改善ツールの開発」,情報処理学会研究報告, Vol.2011-UBI-32 No.7 pp.1-8, Nov. 2011. (学生奨励賞)
  • 産学連携向け資料: スマートフォンによる歩行動作分析アプリ”Good Walking”
  • プロトタイプ公開中 Androidアプリ: GoodWalking

UDU_L:レーザ照射による直観的なペアリング

データの同期や画面出力,情報取得など,個人が複数の情報デバイスを無線や赤外線通信によって連携させて使用することが日常的となってきました.しかし,現在のパーソナルネットワークでは,意図通りの安全なペアリングを実現するためには,アドレスやキーコードの入力や,予めの登録が必要であり,繋ぎたいと思ったときにその場でつなげるような軽快さはありません.この「ネットワークにつながっている機器が目の前にあるのに,すぐつながらない」というもどかしさを解決するために,本研究ではUDU-Lというシステムを提案しています.UDU-Lではレーザポインタの要領で,目的とする機器をレーザで指すことによって,手元のデバイスと目的のデバイスとの連携を開始します.アイデアの鍵は接続に必要な情報,アドレスやセキュアキーをレーザの明滅によって送る点です.このことにより,事前設定の必要なく,公共の場にあるような共有デバイスとも安全な通信が可能となります.現在,2cm角程度の受光器を目標デバイスに取り付け,レーザが一瞬横切るだけで通信を開始できる試作システムを使い,このシステムによって可能となる新しいアプリケーションを開発しています.

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  • 小木 真人, 大木 裕太, 吉永 努, 入江 英嗣: 「UDU-L:レーザポインティングによる柔軟なデバイス接続手法」,電子情報通信学会論文誌, Vol. J97-D, No. 1, pp.155–164, Jan. 2014.
  • 小木 真人, 大木 裕太, 吉永 努, 入江 英嗣: 「レーザー光を利用したデバイス間通信における直観的な接続方法の提案」, マルチメディア, 分散, 協調とモバイル(DICOMO2012)シンポジウム, pp.1027-1033, Jul. 2012. (DICOMO2012 ヤングリサーチャー賞)
  • 産学連携向け資料: レーザを利用した直観的かつ容易なデバイス間接続システム

AirTarget: 光学透過型HMDのための直観的操作UI

ヘッドマウントディスプレイ(HMD)は両手を拘束せず,常に視界内の安定した位置への表示ができることから,VR(仮想現実)やAR(拡張現実)における代表的なデバイスです.特に,ハーフミラーを用いた光学透過型ヘッドマウントディスプレイは,現実の視界へ画面の重畳表示が可能であり,生活空間でのコンピューティングサポートを期待させる,未来のデバイスとなっています.本研究では光学透過型HMD環境は自分の指を直接見ることが可能である点に着目し,指差しによって直観的なポインティング操作が可能なUI,”AirTarget”を開発しています.HMDにとりつけられたカメラによって指の位置を取得し,簡単な補正アルゴリズムによって,目の視界とカメラとの視界の差を吸収し,座標を取得します.AirTargetシステムは,直接仮想空間を指してインタラクションしたり,逆に現実世界のオブジェクトを指で指定してコンピュータに伝えたりすることができます.

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  • 入江 英嗣, 森田 光貴, 岩崎 央, 千竃 航平, 放地 宏佳, 小木 真人, 樫原 裕大, 芝 星帆, 眞島 一貴, 吉永 努: 「AirTarget: 光学シースルー方式HMDとマーカレス画像認識による高可搬性実世界志向インターフェース」, 情報処理学会論文誌, Vol. 55, No.4(採録済), Apr. 2014.
  • 入江 英嗣, 放地 宏佳, 小木 真人, 樫原 裕大, 芝 星帆, 眞島 一貴:「AirTarget: 光学シースルー方式HMDとマーカレス画像認識による高可搬性実世界志向インターフェース」, マルチメディア, 分散, 協調とモバイル(DICOMO2012)シンポジウム, pp.1295-1304, Jul. 2012.(DICOMO2012優秀プレゼンテーション賞,DICOMO2012優秀論文賞)
  • 産学連携向け資料:光学シースルー方式HMDとマーカレス画像認識による 高可搬性実世界志向インタフェース

飛行型お供ロボットアプリケーション

情報機器の小型化によって,小さなバッテリーで稼動する小型ロボットが浸透してきました.これらのロボットは物理的に動くことのできる情報機器として,今後ユーザを支援する存在となると考えられます.本研究ではユーザの役にたつ「お供ロボット」のアプリケーション開発を通して,今後増えて行くこのような生活ロボットコンピューティングの特徴を研究しています.お供ロボットのアプリケーションとして,ユーザに対して一定位置で画面や紙を把持する機能,ユーザ自身の様子を第三者視点で取得する機能,ユーザから離れた場所の情報を柔軟に取得する機能などを想定し,プロトタイプアプリケーションを開発しています.またお供ロボットはユーザの元を離れて自律した動作を行えれば,ロボットに買い出しに行かせることや,離れた場所の偵察,ユーザを道案内するといったサポートを行うことができるようになります.そこでユーザが簡単にお供ロボットの目的地を設定できるUIや,お使い機能の基本となる目的地までの自律的に向かう動作を開発しています.
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  • 小野澤 清人, 入江 英嗣, 吉永 努: 「浮遊ノートシステムにおける道案内機能の実装」,インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ ポスター発表, pp.205 — 206, Dec. 2013.
  • 芝 星帆, 入江 英嗣, 吉永 努: 「顔検出とエッジ抽出を利用した自撮り支援システムの提案」, インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ(WISS2012)ポスター発表, pp.229-230,Dec. 2012.

心拍モニタリングによる作業支援

情報機器の小型化により,心拍変動の日常的な取得が可能となっています.心拍変動は,周波数解析することによって自律神経のバランスを知ることができる指標です.本研究では心拍変動をリアルタイム解析してユーザのコンピューティング環境にフィードバックするシステムを研究しています.フィードバックのアプローチとして,その時のユーザの状態にあわせてデスクトップの色彩を変更するシステムや,心拍変動から休息をユーザに促すシステムなどを開発しています.

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  • 神田 尚子,佐久間大輝,吉永 努,入江 英嗣: 「色彩環境下での心拍変動との作業能率の相関に関する検討」, インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ(WISS2012)ポスター発表, pp.231 — 232,Dec. 2012.

Kinectを用いた運動習得支援アプリケーション

ラジオ体操は健康増進にとても効果があると言われています.誰もが覚えているラジオ体操ですが,実は体の曲げ,伸ばし,ひねりなどをきちんと実施することが重要で,正しい動きは意外と把握されていません.また,わかっていても,本当に正しい動きとなっているかは鏡や他者で確認する必要があり,日常の手軽なエクササイズとして導入するためには,あと一歩敷居が高くなっています.本研究では近年ゲーム用の入力デバイスとして登場したKinectを用い,ラジオ体操が正しくできているかを自動で判別してくれるアプリケーションを開発しています.「位置」検出を行うKinectを用いてどのように「動き」を認識するか,体操で重要な曲げ伸ばしをどのように判定するか,ユーザの体格差をどのように吸収するかに着目して研究を進めています.将来的には,プロの動きデータからヨガやゴルフフォームなど,他の様々なスポーツ,ダンス,ポージングの支援ができるような,一般化した技術としての提案を目指しています.

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  • 黒田 修平、入江 英嗣、吉永 努: 「手本データを自動抽出する運動指導システム」,インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ ポスター発表, pp.199 — 200, Dec. 2013.

スマートフォンにおけるウェブプリフェッチングの省電力効果

電波状況の安定しないスマートフォンのwebブラウザでは,ユーザが近い将来に閲覧するURLを予測して,リクエスト前にデータ取得を行う,クライアントサイドプリフェッチが有効と考えられています.しかし,プリフェッチは予測ミスによる無駄な転送も発生させるため,電力消費のペナルティが課題となります.従来研究では通信量の増加を電力増として見積もっていますが,システムに着目すると,モジュールのオンオフや電波状況の影響のために,通信量とシステムの電力は必ずしも比例しません.そこで本研究では実機解析を行いました.スマートフォンのブラウザ上に同一サイト内リンクへの先読み機能を実装し,実機の電源端子から電力状態を測定しました.測定結果からは,プリフェッチにより通信リクエストがまとまることの効率増が確認できた他,閲覧時間が短縮することによるバックライト電力削減が大きく,ページ予測が100%でなくても効率が向上することが確認されました.

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